西村ツチカ

2018-04-06

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ペン&インクで花を描く時、花の色鮮やかなイメージを汚さないようにと考えると粛々と輪郭をなぞるしかなくなる。黒はノイズだからハッチングもないほうが好まれる。それに比べて、木は繊細でないためガシガシ線を描いていい。木を描くのは自由で楽しく、花を描くのは退屈でつまらない。

2015年の拙作「花を植えた女」の中では、紙の上にインクを乗せてできた凸凹を素材としてスキャンしphotoshopで増幅して貼り付けてみました。それをペン画の進化形といえないか?
しかも、その方法で描いた花に、AIによる自動着彩サービスを利用して着彩してみたら?

(・・・AIが着彩してくれている・・・)
AIが着彩しているロード時間、ほんの数秒のうちに次のようなことを思った。自分は花が普通にキレイに見えてほしくて保守的に丁寧な描きこみを施した。たとえばインクで真っ黒な花を美しがる価値転倒は意図しなかった。何も問いかけてはない。今はこの方法を商業漫画に流用している。このように保守的な時ほどむしろ後ろめたさに駆られて挑戦や実験精神を捏造しはじめ、欺瞞をきたす。芸術ぶりたい欲が中途半端に邪魔して、ヒマつぶしやラクガキや漫画としても劣化している。どこにも向かってない。自分って何がしたかったのか?途中で目的がすり替わったのか?
AIが誠実に実直に着彩してくれているのを見て、AIでもなく何者にもなれていない自分を思った。

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by tsuchika | 2018-04-06 13:49