西村ツチカ

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2008年頃

昨日、好きな音楽についてインタビューを受けて喋っているうちに頭が整理されて喋りたい欲求が高まったので、ブログに書きます。

2008年頃にウリチパン郡「ジャイアント・クラブ」というアルバムをよく聴いていました。それ以前も関西ゼロ世代といわれるバンドを聴いたりたまに難波ベアーズというライブハウスへ行って、バンドどうしが音とパフォーマンスでヤバさを競い合っているようなピリピリした緊張感を感じていました。その中で、このアルバムは小さく部屋で流せば心地良い音で辺境的な雰囲気を気軽に楽しめるし大音量にすればたいへん踊れるというところが軽音楽部の部室でとても最強に聴こえたというのと、歌詞で「さあ明日がんばるぞ」とまじめに歌われておりヒネクレた自分らが言いたくて仕方なかったセリフ「普通が一番ヤバい」が言える…ということで大人気でした。
2009年に出たダーティ・プロジェクターズ「Bitte Orca」を聴いたのはもっと後でしたが自分の中で色んな国に聴こえるポップなバンド音楽ということでウリチパン郡と重なって好きになりました。
ちょうどその頃商業誌で漫画を描きはじめました。
今思うと、この頃に聴いた音楽は漫画をはじめたきっかけの一つだと思うので、今後も大切に聴きます。
ウリチパン郡のメンバーの2人がゆうきというバンドで最近出されたアルバムも買いました。
来週ダーティ・プロジェクターズの新しいアルバムが出るのでとても楽しみです。
2008年頃を思い出して書きました。

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by tsuchika | 2017-02-17 12:01

2007年頃

山奥にある軽音楽部ではみんなロック雑誌を読んで、流行っているものを部室のCDJでかけてました。
2007年頃にテムズビート(下に貼った動画のような音楽)がよくかかってました。
その前はクラブ系の踊れる音楽がよくかかってました。
その前はロックでした(そのへんからリアルタイムで聴きはじめました)。雑誌ではビートルズ以前の要素とか言われててストロークス、コーラル、リバティーンズ、ホワイト・ストライプスとかいました。その数年後にテムズビートが出てきた時「どう違うの?」と思いましたが、順番からいってテムズビートはクラブ系の踊れるロックの後に登場してきたから「安心してください(ロックだけど)問題なく踊れます」みたいなことが雑誌に書いてありました。

「クラブ怖い」という気持ちが自分にあり、2007年頃はそれまでロックしか聴いてなかった人たちはその恐怖心はけっこうあった気がします。テムズビートはそういう人のための救済措置(親しみやすいけどダサくない、パーカーのフードを浅くかぶってクラブで踊ることが許される!)だと思って、喜んで聴いていました。



それを精力的に紹介していたカジヒデキやハーフビーのライブやDJを観に行きました。それに影響を受けたアンディモリも大好きでよく聴きました。新しいダンスミュージックと言いつつ逆に古風な方向性を打ち出すのが何か諷刺っぽくてカッコ良い!そのトンチに魅せられて、もしもダサい自分が今バンドをたとえ組んだとしても到底及びもつかないけども漫画ならあるいは…と思いついて樺島勝一とか手塚治虫以前の漫画をまねして描きはじめました。

でも一瞬でした。最初のバンドたちがすぐに解散したり路線変更しました。
2007年頃を思い出して書きました。
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by tsuchika | 2015-11-07 20:09